苛つく。止まらない。

俺はおかしくなっていたのかも知れない。

何時から?・・・思うにあの時から。

あいつを・・・好きになった時、あの、初恋の、時から。

















「ごめん」

何時も通りの、言葉。

何時も聞いている筈なのに、聞く度に感じる俺の怒りは増長していく。

あいつは同じ事を繰り返しているつもり。でも、それで状況が変わらないかと云えば、そういう訳でもない。

悪くなる一方の、俺の精神状態。

「・・・謝るな」

「・・・・・・」

黙る。黙る黙る黙る黙る、黙る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が喋らなきゃ、永遠に黙っているつもりか」

「・・・ごめん」

解っていない。こいつは何一つ理解しちゃいない。

それがまた俺の怒りを掻き立て、それにすら気付かないこいつに、また怒りは膨れ上がる。

言葉でも伝わらない怒りを伝えようと、俺の部屋の壁を思い切り殴りつけた。

鈍い音。軋む骨。

それでもあいつはその音に一瞬肩を震わせただけで、黙り続ける。俯いた、まま。

「俺がどんなに怒っているかは言葉では言い尽くした。それでもお前は謝るだけ。
言葉で俺の怒りが伝わらないならって、初めてお前を、人を。思いっ切り殴り飛ばした。・・・それでもお前はただ謝るだけ」

最初は、些細なことだったような気がする。

付き合う前から遅刻がちょっと多く、約束をドタキャンすることが多かったんだ、こいつは。

その度に申し訳なさそうな顔して、今みたいに謝る。

俺も許せた。最初は。

でも、こいつは只管同じ事を繰り返した。付き合うことになった、その後も。

そうすることを予め決めて置いたように、何回も、何回も、何回も、何回も。

次第に溜まっていく。

それでも繰り返す。

次第に狂い始める。

それでも言い返しも、弁明もしない。

「・・・謝る以外、思いつかないんだよ・・・如何したらいいの・・・」

終いには、こんなことを言う。

前にも何回も聞いた言葉だ。

その度に俺は言った。

ただ俺を少し大事にしてくれればいい。少しでも俺をお前にとって大事な存在なんだと感じさせてくれればいいと。

約束を踏み躙られた俺が、相手に縋る様にこんなことを言うのは、自尊心の高い自分にとって苦痛以外の何者でもない。

でも、それで何か変わるならと、拳を握り締めながら言った。

・・・結局、何も変わりはしなかった。

俺に言われたからといって、その行動をする訳ではないのだ、こいつは。

それでも俺に如何したらいいか、なんて訊いて来るんだ。

それを言うのが俺にとってどれほど苦痛であるかも、解らない癖に。

「・・・少しは、考えろ・・・ッ!!」

無駄だと解っていても、俺は言う。

俺の発した言葉が、新たな苛つきを招こうとも。

黙っていれば、こいつは永遠に状況を打開するようなことはしないから。

その沈黙は、俺にとって限りない苛つきを与えられることに他ならないから。

「俺だって、考えてるんだよ・・・」

言い放った。考えてるって、言い放った。

怒りが、言葉に成らない。言葉に成れず行き先を失った怒りが体でのたうつかのように、俺の体が震える。

何を言っても、無駄。

でも、何かを言わないと、進まない状況。その状況は俺の精神を嬲る。

「ああああ!!」

だから俺は、言葉に成らない声で、叫ぶ。

気が、狂う。

「・・・こんな風に、したくないのに」

「ふざけんな!!そんなの偽善だ!お前は・・・何時だって俺を助けようとなんてしなかった!!」

そう、あの時だって・・・


















ある日、俺はこいつの中での自分の価値を思い知った。

俺とこいつが付き合ってから暫く経ち、溜まった怒りに対処しきれなくなり始めた頃、

何時もの様にあいつは、今日はテスト勉強がしたいから、と、約束時間を大きく過ぎてからメール一通で味気なく会う約束を消した。

その時、何かが切れた。

俺は文字では怒りを伝えられず、電話で直接話をつけようと、怒りで震える手であいつの元へ電話した。

不在、不在、不在・・・

そして、また味気ないメールが一通。

今、親が近くに居るからお前と電話が出来ない、と。

理解出来なかった。俺はこんなに怒っているのに。

家を出て電話一つしない。いや、それどころか、俺がこうなっていることすら、知らない。

おかしくなりそう、と俺は震える手でメールを送った。

しかし電話は掛かってこない。

永遠とも思える時間を待って、やっと来たメールの内容は・・・

ごめん、唯、それだけ。

俺は、いつの間にかケータイを持ってない方の手で自分の首筋を掴んでいた。

強く、強く。どうしてそうしたのか・・・痛みに神経を向けることで、気を紛らわそうとしていたのかも知れない。

・・・いや、違う・・・きっと、あいつに・・・気付いて欲しかった。どれだけ、俺が傷付いているか。

爪が食い込む。少し、血も出てきた。

俺、今、自分で自分の体を傷つけてる・・・そう、メールで送ると、やっと電話が掛かって来た。

『なにしてんの!?』

『よく、解らない・・・!苛々して、如何しようもなくて・・・!!』

『・・・ごめん、俺が・・・お前の為に何もしないからだよね・・・』

『・・・・・・来てよ・・・そう思うなら・・・今、ここに来てよ・・・助けてよ・・・』

そう、それは俺の精一杯の懇願だった。

でも、あいつは。

『・・・・・・ごめん、親が今日は家に居ろって』

『・・・え』

俺は耳を疑った。

馬鹿みたいに訊き返した。それでも返答が変わることはなかった。

何なんだ、俺って。何なんだ。

『・・・解らない・・・』

それがあいつの答えだった。

俺は、電話をへし折った。

その後蹲り、何とか一人で気を鎮め、その日をやり過ごした。














次にそいつと家で会った時、俺は別れる話を持ち出した。

・・・もしかしたら、それを拒絶してくれるのを期待していたのかも知れない。儚いとは知りながらも、愚かにも。

あいつは最初は嫌がる素振りを見せた。

でも、それもすぐに沈黙に変わった。

別れるからな。そう言っても黙っているだけになった。

出て行け!俺がそう言うとあいつは大人しく部屋を出て行く。


・・・これで、終わり?


あいつは今まで口先だけで何でも言ってきた。お前と一生一緒にいるとか、幸せだとか。

でも、結局全部口先だけだった。

あいつが部屋を出て行くことによって、あいつが今まで気分でのたまった俺を喜ばせた言葉は、全て嘘に成ったのだ。

残ったのはその数え切れない程の嘘と、今までに溜まって、決して晴らされることなど不可能な怒りだけ。

比べて、あいつが背負うものってなんだ?

性欲の発散人形がなくなる、唯それだけ・・・

純粋なことばっか言って、優しい人面して、俺のこと道具みたいに使い捨て。

・・・気付くと俺は俺の家を出て、自転車を跨ごうとしているあいつに追いつき、勢いそのままにあいつの顔を思いっ切り殴っていた。

無様にも、泣きながら。

「全部俺だけに押し付けて!!どうしてそれで平気な顔して生きていけるんだよ!俺、お前と関わってこんなになったのに!!
男が好きなことだって、お前しか知らないのに!如何やってこの先生きていくんだよ!如何しろっていうんだよ!この感情!!」

「・・・解らない。俺、人の為に何も出来ない人間なのかも知れない・・・お前のこと、好きなのに。いつも自分の都合を優先してしまう。
きっと、頭がおかしいんだ。だから、別れた方がいいと思った」

「なら!別れた後はその相手が如何なろうと知ったことじゃないって言うんだな・・・!!」

「違う・・・そうじゃない・・・でも・・・解らない・・・俺、お前と居たいけど・・・でも・・・お前の望むように成れないから・・・」

「俺は・・・今一人になったらおかしくなる・・・だから・・・何もしなくていい・・・俺から、今は離れないで・・・おかしくなりたくない・・・ッ!」

「・・・ごめん・・・ごめん・・・」

歪で、奇妙な関係だってことは解っていた。

でも、それでも今一人になれば、俺が壊れる事は確実だった。

だから、俺は自分の尊厳を捨て、こいつにしがみ付いた。

それが、こいつが好きだからなのか、自分を壊さないようにする為なのかは、もう俺には判らなかった。














こんな出来事があってもこいつは矢張り変わらず、

寧ろ、捨てた筈の自尊心(プライド)は油のように染み付いていたらしく、その後何回かこういった具合で俺が自傷行為に及んでしまうといったことが続いて、

回数を重ねるたびに、あいつはその事にも慣れていき、反応は次第に薄くなった。

表面上は俺の心配をしているような素振りを見せるだけに、それが余計に俺をおかしくさせた。

そして、今に至る。

「俺がお前を助けようとしないのは・・・俺がおかしいからだよ・・・」

あいつは言う。しかし、それもおかしな話だ。

自分で自分をおかしいと思ってる?ならそれをなんで変えようとしない?

俺の中で既に答えは出ていた。

あいつはその場で俺に合わせて答えを選んでいるだけ。

本当の所では俺のことを取るに足らない塵と思っているに違いない。

じゃなきゃ・・・出来ない。こんな事ばかり。

「俺のこと、塵のように思ってるんだろ」

「違う・・・そんなことない・・・」

矛盾。

矛盾ばかりだ。何も理屈に適っていない。問うても何も返ってこない矛盾は、只管俺の心を揺さぶる。狂わせる。

何時ものように、何時ものように。

「もう・・・疲れた・・・」

そう言って横たわる俺。

ガンガンと鳴り響く頭痛。

何も言わず、俺の隣に横たわる、こいつ。

「・・・勃ってきてる・・・」

俺のを指してか、それとも自分のを指してなのか、こいつは言った。

体は、こいつが隣に来ると反応するように成ってしまっていた。

こんなに、頭が痛くて、体が震えようとも。

おずおずと俺のものに手を出してくる。

俺は、そんなことに喜びを感じている自分が、何よりも嫌いだった。

情けなさと、悔しさと。怒りと、悲しみと。あらゆるものが混じった涙が、俺の頬を伝う。

それでも、こいつは手を休めることはしない。

いつものことだ。





俺は、どうしたいんだろう。

こいつは、どうしたいんだろう。

俺たちの、歪で、奇妙な、関係は続く。

出口を見ないまま、今日も・・・続く。





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