探す努力を怠った訳じゃない。
ただ、今の生活を壊してまで必死に探すこともしていなかった。
いや、出来なかった。
居なくなった大樹を探すのは困難を極めた。
探すうちに、本当に大樹という人間は居たのか、それさえあやふやに思えてきてしまう。
写真を余り好かない俺たちはお互いの写真なんか持っていなかった。
――思えば、それこそあいつが居て当たり前だという俺の甘えた考えの象徴だったのかもしれない。
消えてしまいそうな大樹を自覚する時間・・・それに怯える時間・・・
それが、大樹を探している時間だった。
俺は、疲れていた。
大樹を探すといったって、あいつの実家も解からない俺が具体的にしていることと言えば、
あいつの現れそうなところで待ち続ける。
駅、店、公園、通り・・・
ただ、それだけ。
それだけの時間は、果てしなく俺の精神を削った。
来る筈がない、相手が俺のことを避けているかもしれないなら、尚更。
呆ける時間は俺の思考を悪い方にしか持っていかない。
それでも、本当に僅かな期待から俺はその場を離れられず、
何時間も待ち続けていた。
そして、最後まで結局大樹が姿を見せることがなく、その場を離れるとき・・・
俺は恐ろしく惨めで、冷え切った気持ちになる。
堪らなかった。
そして、もしその僅かな期待が叶ったとして、その時俺は・・・
どんな言葉を掛けたらいい?
それとも怒鳴る?
殴り掛かる?
何がしたいんだ・・・
それに、あいつは・・・俺を今より良い状態にしてくれるとは・・・到底思えなかった。
週に三日位、そんなことを続けていたが、二ヶ月を越えた時点で回数は減っていき・・・
大樹から連絡が途絶えてから三ヶ月目、もう俺にはそれを続ける気力は無かった。
会いたい気持ちが減ったわけではない。
単純に待つ行為そのものの負担に耐えられなくなったのだ。
三ヶ月経っても、連絡一つ無い・・・
相手の拒絶の意思は、明らか。
待つだけで報われることなんか、絶対に有り得ない。
大学はすっかり休み癖がついてしまった。
人との距離の取り方が、解からなくなってしまった様に思う。
会話の中、笑う自分自身を見つめるもう一人の乾いた自分が居るみたいだ。
何が可笑しい、そう冷たく言い放つ、自分。
誰と話していても、苛付く。
相手にも、自分にも。
だけどそれを表に出して対立すれば、また俺は疲れる。
だから会いたくない。
大学には最低限の授業だけ出席すると、逃げるように帰る毎日が続いた。
誰にも会わないように。
そういえば、サークルにもここ三ヶ月、全く顔を出していない。
もう大樹と俺が繋がっていた証明なんて、メール位しかなかった。
履歴に残った大樹のメールに、一つ一つ保護を掛ける。
これだけは、消えてしまわないように。
最後の一つの保護を終えると同時に、俺は強烈な吐き気を覚えてトイレに駆け込んだ。
「・・・うぇ・・・げほっ・・・げほ」
喉が焼ける、厭な酸味。
二度目の吐き気を催す、後味。
俺は、この時、大樹がいなくなってから初めて、泣いた。
声を上げて、泣いた。
そして、大樹が居なくなってから初めて、自慰をした。
トイレに蹲った格好そのままで。
厭でも、あいつの姿がちらついた。
無意識にそれを懼れていたから、今まで自慰をしなかったのかも知れない。
でも、一回始めてしまったら、その行為を止める事は出来なかった。
楽に慣れるかもしれない。そんな期待が少しも無かったと云えば、嘘になる。
「・・・うっ」
掌に、白濁としたものが拡がる。
久し振りだというのに、余り気持ち良くは無かった。
量だけは無駄に多く、掌から滴って床に伝った。
トイレットペーパーでそれを拭いながらも、鈍痛にも似た後悔が既に内臓を嬲り始めていた。
「うげッ・・ぇえ」
二度目の嘔吐。
「ぷっ・・・ふふ・・・ははは、はは」
笑いが込み上げてくる。
涙も、もう一度頬を伝う。
惨めなんてもんじゃない。
自嘲で、声を上げて笑うことが出来るなんて初めて知った。
吐瀉(としゃ)物で塗れた口元を手で拭いながら、決めた。
俺は二度と、しない。