外は、すっかり暗かった。

ちょっと遠いから、と、大樹は自転車に跨り、俺はその後ろに。

大樹と自転車の二人乗りなんて、高校以来だった。

「・・・大丈夫?じゃ、行くよ」

「うん」

ぐっ、と加速する。

落ちないようにしっかりと大樹の肩を掴んで、俺はふと思う。

・・・大きいな、こいつの背中。

そして、それは初めて大樹と二人乗りした時にも抱いた感想だったことを思い出して、俺は小さく吹き出した。

あんなに色々あったのに。二度と会えないかとも思ったのに。

それでも変わらないこいつの背中が、可笑しかった。

「あ、あんま抱きつかないで・・・まーくん」

前から、大樹が困ったような声を上げた。

少し、前屈みで漕いでるのは、急いでたからじゃないのか。

でも、そうやって背中をこっちに突き出されると、大樹の体系も相俟って難しい頼み・・・

「漕ぐのに集中すれば平気だろ。それより、何処に向かってるのか教えてよ」

「・・・ゴメン、着くまで、内緒」

そう言って、大樹は尚も前屈みのまま漕ぎ続けた。














内緒にしたがるからには、思い出の場所にでも連れて行ってくれるのかと思いきや、

通り過ぎる風景は全然知らないところばかり。

急勾配が続き、住宅街を抜けると、大樹は自転車を停めた。

「この先だよ」

自転車を漕ぎ切って上気した表情そのままで、大樹は突き当たりの石段を示す。










長めの石段を上りきると、薄暗い公園へと出る。

公園といっても、よく見ると遊歩道と遊歩道を繋ぐ広場のようなもので、

背もたれさえないベンチと、公衆トイレがあるのみの小さいものだった。

そして、高さのあるこの公園からは、辺りの住宅街が展望出来た。

「・・・で、なんでここに・・・?」

「本当は、何処でもよかったんだけどね、人気が無くて開けてる場所なら」

住宅街を一望できる急斜面側は、誰でも越えられそうな形式的な、木製の杭とロープで出来た柵が巡らされていた。

大樹はそれに沿うように配置されたベンチに腰掛、隣に俺に座るように促す。

「・・・答えになってないじゃん、なんでここに来たのかの」

促されたとおりに座りながら、俺はもう一度訊く。

「俺・・・馬鹿だから・・・まーくんが言うほど、強くなんかないから。
いつも自分勝手なことしか、考えない」

また、俺の訊いたことに答えてない。

でも、明確な意志を持って話す大樹の話を、折りたくなかった。

俺は、静かに促した。

「俺のまーくんに対する気持ち、こんなに大きいのに・・・
伝えられないのが、自分の蒔いた種とはいえ、すごく悔しかった」

大樹はゴメン、と断ってから、俺の左袖を捲り、治り掛けている手首を見詰めた。

「・・・まーくんに、気持ちを伝えようとする度・・・この傷のこと、今までまーくんが味わってきたものが
頭を掠めて・・・絶対にしちゃいけないことだって、自分に言い聞かせてきた・・・それでも」

大樹はベンチから立ち上がって、俺に背を向けた格好で続ける。

「それでも、俺はまーくんが好きで・・・好きで・・・どうしたらいいかわかんないくらいで・・・」

ふるふると頭を振った。

「でも、俺、さっきわかった。傲慢かも知れないけど、この気持ち、伝えないより・・・
何もしないよりも、きっと前に進めると思う。・・・まーくんも、俺も、今の状態も。・・・だから、言う」

そう言って、大樹はざっと振り返った。

薄暗い電灯の中、仄かに照らし出された大樹の表情。

俺は目を惹き付けられた。

こんなに、意志の強い表情をした大樹は、見たことがなかった。

大樹は俺を通り過ぎて、斜面側の柵、木杭の上に手を置き、握り締める。

そして息をすぅっと吸い込んだ、次の瞬間。



「俺はーーっ!!野木真幸がーーーっ!!!
だいっすきだぁーーーーーっっ!!!!!」



耳が鳴るほどの大きな声で大樹は夜の静寂を打ち破った。

ばさばさと、鳥がざわつく羽音だけが後に残る。

肩で息をする大樹を見て、俺は震えていた。

鳥肌が立った。

手に、背中に、汗が滲む。

「・・・えへへ。気持ちの大きさ伝えるのに、こんな方法しか思い浮かばなかったよ」

振り返って、大樹は笑う。

「・・・思い上がり、かも知れない。でも、俺はこれが正しい選択だと、思うからさ・・・」

大樹は、解かってる。

悔しいくらいに、俺のことを。俺が望んでることを。

「まーくんの不安を、一番近いところでなんとかしたい・・・
俺に、その場所を・・・もう一回だけ、くれませんか」

俺は立ち上がって、大樹の隣に並んだ。

「・・・俺の為の告白?」

俺が言うと、大樹は悪戯っぽく微笑んだ。

「そう、言い切りたいけどね。
・・・俺、本当はまーくんともっと一緒に居たい。色んな話して、一緒に笑いたい。
それで・・・こんなこと言うのも、なんだけど」

大樹は恥ずかしそうに俯いて、言った。

「ま、まーくんと会った日、俺いっつもパンツ濡らしちゃってたんだよね。
匂いとか、仕草とか、そんな些細なことで興奮してさ。
そ、そのくらい、まーくんにも、触れたがってて・・・だから、さあ。まーくんの為だなんて、言えないよ」

照れたように苦笑いする大樹。

大樹は、俺が持っていた、小さな意地を吹き飛ばしてくれる。

こんなにも自分を曝け出して。

「・・・やっぱり、大樹は変わったよ・・・」

それをどういう意味に捉えたのか、大樹は更に縮こまった。

俺は続ける。

「・・・”好きだ”、って大声で言われて、震えるくらい嬉しかった。
でも、やっぱり怖いんだ・・・俺は、変われずにいる」

「まーくん・・・」

「最後に、一つだけ訊かせて」

「え?」

「・・・俺を置いて行った後、俺がやっぱり好きだったから戻ってきたって、お前言ったよな。
・・・でももし、俺と離れた時に、それほど俺が好きじゃないって気付いたら・・・
大樹は、俺のところに戻って来なかったか?」

最後、という言葉を遣って、我ながら意地の悪いことを訊くと思う。

それでも、大樹は答えた。

俺の、目を見て。

「・・・戻らなかった、と思う。あの時俺は、自分のしたことを、振り返りたくなかったから」

偽ることも、はぐらかすこともせずに、大樹は真っ直ぐに答えた。

大樹が居たから、もう人は信じたくない、そう思ったのに。

今度は、大樹を見て、信じたい、信じてみたい・・・そう思ってしまう。

・・・いや、違うか。本当は最初から信じたいと思ってた。

だから・・・あんなに、苦しかった。

裏切られたと解かった時も、信じまいとすることも。

「・・・・・・駄目だよね、こんな俺なんか・・・・・・
・・・・・・・え!?」

久し振りに握った大樹の手は、こんなに寒いにも拘らずやっぱり熱いくらいに温かい。

それは、変わらないんだな。



「もう・・・勝手に居なくならないで、ね」



俺は、大樹の腕にしがみ付くように、抱き付いた。

今感じているものが零れて消えてしまわないように、思い切り。

これが、今の俺に出来る精一杯の素直さだった。

「・・・まー・・・くん」

大樹も、俺の体温にもしかしたら同じことを思ってくれているのかも知れない。

髪の毛に落ちてくる大樹の涙を感じながら、俺はそんなことを思った。





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