うちの大学では一月は一週間ほど登校日があって、それが済むと大学は長い春休みに入る。

その登校日にその学期のテストや提出物も回収したりする。

そこで、許斐さんと鉢合わせた。

「野木くん?あけましておめでとう」

「あ、おめでとう、許斐さん」

随分と久し振りな気がした。

最後に会ってからそんな日数は経ってないけど。

「今日のテスト終わったら、お昼一緒に食べましょうよ」

そう言って、許斐さんは教室へと向かって行った。

いつも通りだけど、やっぱり俺の返事くらい聞いてからにしてほしい。














「随分なクソ女も居たものね。私以上の外道だわ」

許斐さんと昼食を摂りながら、テストのことを話していたはずだったのに。

いつの間にか俺は向井さんのことを話してしまっていた。

大樹にも言えなかったことなのに、何故か許斐さんには自然と話していた。

彼女には何処かそういうところがある、ってのもあるんだけど・・・

正直に言えば、誰にも言えずに溜め込んでいるのが限界だったのかも知れない。

実際、許斐さんには相談というより愚痴っぽく喋ってしまっていた。

「いつもこんな話ばっかりで、ごめんね」

言い終わってから、申し訳なくなって謝ってしまう。

「謝らなくていいわよ。前にも言ったじゃない。
退屈しないで済むから感謝するくらい・・・って、不謹慎だったわね、ごめん」

許斐さんと話していると、幼い自分をまた、自覚させられてしまう。

それさえ心地良く感じさせてくれるのは、許斐さんだから成せる業だと思う。

「許斐さんが謝るなんて、変だよ」

「それは、今の会話の流れから謝るのが変なの?それとも、私が謝ること自体が、変なの?」

勿論後者・・・と言い掛けて俺は渇いた笑いを上げた。

目が、据わってる。

「まあ、いいわよ。で、野木くんは古谷くんに言わないの?そのクソ女の本性は」

クソって・・・あんまり女の子が遣う言葉じゃないような気がするけど。

「・・・俺から言いたくない」

素直に言うと、許斐さんは鷹揚に頷いた。

「・・・それも解かるけどね。でも、古谷くんが罪の意識を持ってる以上、
向井って女の本性に気付けないと思うけどね、誰かが教えない限り」

その前に、そんな女と付き合おうって考えちゃった時点で気付けるわけないけど、と許斐さんらしく毒づいた。

「俺も最初会った時は向井さんは本当に大樹が好きな一念で動いてるのかと思ってたし・・・」

「あなたも、あのデカイ男も、人見る目が無いのよ。
でも、今回の場合は、同性じゃないとその女の性質(たち)を見極めるのは難しかったかもね」

「女同士ならわかるものなの?」

「わかるわよ。厭になるくらいね」

鬱陶しげに、溜息を吐いた。

こういう仕草に大人っぽさを感じて、俺は不思議な気持ちになる。

同じ歳でも、一方で俺はこんなに子どもなのに。

「ああ、もうこんな時間なのね」

許斐さんの言う通り、いつの間にかご飯時は過ぎて、

食堂は人も疎らになっていた。

「じゃ、帰ろうか。俺もうテスト残ってないし」

「あ、ごめん、私まだ用事あるのよ。ここでさよならしましょ」

「そっか、なんか今日は一人で喋っちゃって・・・――」

ごめん、と言い掛けて、許斐さんの目が半眼なのに気付いてやめた。

「そっ、同じこと何回も言わせない野木くんの賢いところ、好きよ」

「す、好きって・・・」

さらりと言う言葉じゃないんじゃないか。

許斐さんは大きく溜息を吐いた。

「・・・カマトトじゃないなら、よっぽど純情ね。痛い目に遭うのも頷けるわ」

手酷い物言いを残して、許斐さんは去っていった。

最後に許斐さんが、一人聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた、”やれやれ”、という言葉が、妙に耳に残った。

















登校期間中も、大樹は俺に欠かさず顔を見せに家に来た。

翌日がテストの日は、邪魔になるといけないから、とすぐ帰っていった。

そこまで気を遣ってもらったけど・・・テストの出来は悪かったと思う。

大樹や、向井さんの所為じゃない・・・とは言えない。

俺の生活まで影響されたくない、と勉強を頑張ってみても、やっぱり一人になった時には、彼らがちらついた。

うちの大学は進級査定がないとは言え、辛い思いをしてまで出た授業の単位を落としたかと思うと気が重たかった。

そして登校期間が過ぎて、春休みに入った初日。

思いがけず大樹から電話が入った。

大樹は再会して以来、携帯電話を使って俺に連絡を取ることが極端に減った。

用があれば殆ど直接出向いて俺のところに来たし、何かあってもメール程度だ。

あの日々から、繋がらないことで携帯電話を厭うようになった俺のことを察してのことだと思う。

その大樹から電話が入ったのは再会してから初めてだったから、少し戸惑った。

「ゴメンね、急に。どうしても大事な用があるんだ」

その用の内容は教えてくれなかったけど、近くのファミリーレストランに来てほしい、とのことだった。

いつものように厭な予感は拭えなかったけど、俺はそこに向かった。






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