厭な予感だけはいつも予想以上に当たってくれる。
お互い向かい合わせに座っていた。
俺は舌打ちをしたい気持ちになった。
「今日は急に呼び出してゴメン。まーくんと・・・茜ちゃんと。どうしても揃って話したかったから」
「あたしは大丈夫だよ、古谷くん」
俺と話している時とは別人のような声音の遣い方に、顔を顰めた。
あたし”は”、と誇張しているところも、鼻につく。
「俺は・・・この人が来るんなら前以って教えてほしかった」
少し迷って、向井さんの隣に座る。
多分、そうするべき意味で呼び出したんだろうから。
「教えたら、来てくれないかも知れなかったからさ・・・それも含めて、ゴメン」
「あたし、嫌われてるものね。野木くんには」
初めて名前で呼ばれたような気がするけど、それに不快以外の何も感じないのはしょうがない。
本人の言う通り、この人は、嫌いだ。
「用件はなんなの?この人から聞いたと思うけど、顔合わせも、事情交換も済んでるから。
紹介とか要らないよ」
そう、大樹が知り得ないだろうことも、俺は知ってる。向井さんのことを。
「あたしもまだ聞いてないよー。教えて?」
横目に見る俺の視線などまるで気付かない振りをする向井さん。
「・・・ごめん、なんて言葉じゃ尽くせないくらい、酷いことをしちゃった、二人には」
暗く沈む大樹の表情とは対照に、向井さんはえらく機嫌が良い。
俺には何となく解かる。
この女は確固たる自信があるんだろう、この話し合いの内容の予測に。
「そんな俺が、偉そうなのを承知で言うね・・・茜ちゃん」
「なに?古谷くん」
それだけに、余裕さえ感じる笑顔で応える向井さん。
しかしその笑顔は、次の大樹の一言で粉々に砕け散った。
「もう、今後まーくんには近付かないことを、まーくんの前で約束してくれないかな」
「!」
「!!」
勿論俺も衝撃を受けたけど、言われた本人はそれ以上だった。
自分の予期してたことと正反対のことを言われたんだ。
「・・・なによ・・・それ・・・あたしより・・・男を選ぶの・・・」
声が、震えていた。
「選ぶとか、そんなことじゃないよ。ただ、まーくんは俺の大事な人だから、
俺のしたことでまーくんを巻き込みたくないんだよ」
大樹は首を振りながら答えた。
「同じことじゃない!あたしがこの変態より大事じゃないっていうの!?」
激昂して俺を指差した。
ご飯時を外しているとは言え、疎らに居るお客さんがこっちのテーブルを何事かと振り返る。
可愛い女の子の仮面なんて、かなぐり捨てていた。
「まーくんは、自分から君に押し掛けてどうこう、なんてことしないから。
だから、茜ちゃんも言いたいことがあるなら、まーくんじゃなくて俺にぶつけてよ」
その向井さんに動揺することもなく、大樹は言った。
「この男が私に暴力振るったって話聞いても、同じこと言えるの!」
「・・・まーくんがそんなに怒ったってことは、茜ちゃんもそれなりのことはしたんでしょ」
「・・・!!」
どうして・・・俺はなんにも言ってないのに、向井さんだって言ってる筈ないのに。
どうしてそんな風に思えるの・・・
俺は何故か泣きたくなって、涙を堪えるように俯いた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
沈黙。
だけど、向井さんはすごい怖い顔をしたままだった。
「・・・ふ・・・ふふ・・・」
沈黙を破ったのは向井さんの笑い声。
「あはは・・・な〜んだ結局あなたもホモだったってわけ?
簡単なことじゃない。仲が宜しくて結構ね」
俺に話しかけていたときと同じ声色になった。
侮蔑が滲む、口調。
自分に向けられている時より、大樹に向けられいる時の方が、何倍もムカつくような気がした。
「ゴメン」
大樹は暗い表情のまま、謝った。
「いいわよ、別に謝らなくて。あーあ、馬鹿らしい!
じゃあ、あたしじゃなくてこんな変態を選ぶのも、しょうがないわよね」
向井さんは薄笑いを浮かべながら席を立って、俺を見下ろした。
「まーくんは変態じゃない」
静かに、大樹が呟いた。
「言われたってもう関わんないわよ、あなた達変態なんかに。
勘違いしないでよ、付き合って”あげてた”のは、あたしなんだから。
中々思い通りにならないあなたが気に食わなかっただけよ。
でもあなたもこの人と同じ変態なら、もう用はないっての」
聞こえないのか、向井さんは繰り返した。
「まーくんは・・・変態なんかじゃ・・・!!」
大樹は怒りで顔を歪めたけど、それでも怒鳴りかかるようなことをしなかった。
ふん、と鼻を鳴らすと向井さんは去って行った。
音を立てて、テーブルの上に涙の雫を落とす大樹。
「・・・大樹・・・」
「・・・ゴメン・・・まーくん、厭な思いさせて・・・ゴメン・・・ゴメン・・・っ!!」
大樹だって、罵られたのに。
ひたすら、大樹は謝っていた。
大樹の涙を貰いそうになるのを、俺は唯、黙ることで堪えていた。
大樹の息が整ってから、俺たちも店を出た。
流石にあの視線の群れに居た堪れずに。
「えへへ、皆に見られちゃったね」
「・・・そうだね」
泣き止んだ大樹は、目を腫らしながらもいつも通りの調子を取り繕おうとしていた。
その健気さに、また少し胸が詰まる。
「あの、さ・・・まーくん」
大樹はおずおずと目を附したまま尋ねてきた。
「なに?」
「・・・良かったら、夕飯奢らせてよ。・・・厭な思いさせちゃった、お詫びにさ」
怖がってるのが解かった。・・・断られることを。
そういえば、再会してから大樹に何かを誘われたのは、初めてだ。
「・・・普通に食べに行こうよ。奢りとか、なしでさ」
大樹は顔を輝かせて、という表現がピッタリなほど、大袈裟に喜んだ。
・・・そんな大樹に何かを感じてしまわないように、俺は俺を抑えつける。