芯から冷える日が続く。寒いのは嫌いなのに。
11月も、もう終わる。
大樹が居なくなってから、半年以上が過ぎた。
何気なくカレンダーを見ると、今日、28日に二重で赤丸が付いている。
まだ、大樹が居た頃・・・
このカレンダーに替えたとき、大樹自身が付けたものだ。
『絶対忘れないで祝ってよ、まーくん!』
そんなことを言いながら。
誕生日がクリスマスと近いと、一緒くたに纏めて祝ってしまう家が多い。
大樹もそんな星の元生まれたらしく、俺が誕生日とクリスマスを別にして祝うと、大袈裟に喜んでくれた。
祝ってよ、なんて言ったって・・・
その本人が居なくなっちゃ、しょうがないじゃんか・・・
少なくとも、あの時はまだ、大樹は俺の元から消える気はなかったんだろうか。
それとも、あれさえも・・・
・・・・・・・・・・・・
幾ら考えたって、解かる筈もなかった。
無駄だと思う気持ちとは裏腹に、俺は一人街に向かっていた。
今日は家に居たら、息が詰まるから、だから外に出ただけだ。
そんな風に自分に言い訳をしてみても、足は確かに目的地を持って運ばれていた。
「あ〜!野木くんじゃない!」
この声・・・迂闊だった。
こっちの方面はうちの大学の人も結構使うってことを、失念していた。
振り返ると、変な女・・・じゃなかった、許斐さんが見慣れない女の子二人を連れてこっちに迫って来ていた。
「・・・許斐さん」
「うっわ、あからさまに嫌な顔しないでよ!あ、私この人と用があるから、ごめんね」
そう言って、知らない女の子二人を帰してしまう。
「何?用って。っていうかあの子たち帰して良かったの?」
「別に用なんかないけど。あの子達と居るの面倒臭かったから、野木くんをダシに使っただけ」
さも面倒臭そうに視線を流しながら言う許斐さん。
「ふーん、じゃあ俺と居るのも面倒臭いよね、じゃあね」
「待ってよ!久し振りなのに連れないじゃない」
がしっと腕を掴まれる。
実を言うと、面倒臭いと思っていたのは俺の方なので、内心嘆息する。
「大学、また全然顔出してないでしょ。単位とか大丈夫なの?」
「・・・平気だよ」
幸一との一件からは、大学なんてとても行く気になれなかった。
ふんふん、と意味深に頷く許斐さん。
「そのおでこの絆創膏、どうしたの?」
「こ、これ?・・・転んだんだよ・・・」
咄嗟に嘘が出なかった。
額の傷は一番深かったから、まだこれだけ残ってるんだよな、あの時の。
「なーんだ、その怪我と関係してるのかと思っちゃった、休んでたの」
そう言って、にこっと笑う許斐さん。
背筋が冷える。
なんで、こんなに鋭いんだ、この人は。
俺が許斐さんを苦手な理由の一つだった。
「まあいいわ。じゃあ、行きましょうよ」
何もかも唐突だな、本当に。
「何処に」
「だって野木くん、何処か当てがあって歩いてたんでしょ?私も行く。暇だし」
はあ、暇ならさっきの女の子たちとどっかに行ってくれれば良かったのに。
なんて抵抗しても、無駄なことは解かっているから、しないけど。
「つまんないと思うよ、俺と居ても」
「それは私が決めるからいいの。早く行きましょ」
まあ、いいか。
気が紛れる、そういった意味じゃ、この人と居るのが一番かも知れない。
「クリスマスにはまだ早いんじゃない?」
ケーキ屋に入ると、案の定彼女はそう言った。
「誕生日なんだよ。・・・・・・・・・友達の」
自分で言って、少し胸が詰まった。
友達、か。
「どう、美味しそうでしょ?結構ここのお店、好きなんだ」
鋭い許斐さんの前で、それを悟られないように、それとなく話題を振る。
「うん、悪くないわ。野木くんも、こんな小洒落たお店、知ってるんだね」
なんだよ、それ。
憮然として、ふい、と視線を遣ると、店員さんがくすくすと笑っていることに気付く。
・・・そうか、周りから見たら、付き合ってるように見えるのかも。
微笑ましい痴話喧嘩、ってとこか。
・・・ま、俺からしたら、冗談じゃないんだけど。
勝手に思われるにしても、せめて許斐さんであってほしくはない。
「買うんなら早く決めてよね」
「なに焦ってんのよ。私、こういうので急かされるの嫌いなの。黙ってて」
いつも急かすくせに。
しょうがないから、先に俺の決めたものを頼むことにした。
「すいません、アップルパイと、キャラメルと林檎のタルト、一つずつ下さい」
「なに?両方ともアップルじゃない。あんまり誕生日祝いのケーキっぽくないよ?」
「いいんだよ。・・・林檎、好きなんだ、その友達が」
「へえ・・・・・・野木くん、よっぽど好きなんだね」
「え?だから俺じゃなくて、その友達が林檎好きなんだって」
「違うわよ、その友達のことが、って意味」
「・・・は?」
意味を理解するのに少し間が空いてしまった。
「な、なに言ってんだよ。大体どうして・・・!」
「あ、すいませーん。私、これと、これと、これ下さい」
・・・もうやだ。
でも突っ込まれても困る内容だったから、無視されたままやり過ごすことにした。
・・・でも、なんで許斐さんは・・・
もしかして、読心術の心得でもあるのか?
友達に宜しく、ケーキ屋を出るとそう言って許斐さんは帰って行った。
いつも通り何がしたいのか、よく解からなかった。
急に気分が沈んでいくのを自覚する。
ああ、俺、許斐さんに慰められてたんだな。
彼女にとっては気まぐれだったのかも知れないけど、それに救われた俺は、感謝と同時に申し訳ない気持ちになった。
ケーキの一つくらい、奢ってあげれば良かったかな。
家に着くと、ケーキ箱を開くこともなく、冷蔵庫にしまう。
余計、沈んだ気持ちになった。
俺こそ、何がしたかったというんだろう。
不意に出る涙の回数が、日を追う毎に増えていくのが、
傷が癒えることなく抉られていっていることの、解かり易いバロメータだと思った。
でも、忘れ去ってしまうより、きっといい。
それでも、忘れてしまいたい、楽になりたいと思っている自分が居る。
相反する矛盾は、こんな状況なら、もう当然なのかも知れない。
他人全部が何を考えているか解からないように、俺自身のこともまた、俺は見失っていた。
楽しい思い出だけを紡いで、苦しいもの全てを忘れて生きていけたら。
・・・どんなに、幸せだろう。