なんとなく元気になった。

あれから二週間、寝ているか、起きて無為に時間を遣うかの、廃人のような生活を送っていただけなのに。

慣れとかじゃなく、その日は妙に身体が、というより、気持ち的な部分で、軽快だった。

大学に行ってみよう。

















やっぱり今日の俺は変だ。

いつもの無気力を少しも感じない。

何をするにもちらついた大樹の姿が、今日は俺を阻まない。

講義も最初から最後まできちんと聞けたし、

先生のつまらない話も、その端々に面白いものを見つけて、集中して授業に取り組めた。














講義が終わったとき、俺は久々に自分から部室に顔を出そうと思った。

その途中で、彼女と出くわした。

「あ、許斐さん。お疲れさま」

「あら、野木くん。お疲れさま」

彼女にはこの前お世話になった。

・・・と、言っても彼女には知る由もないだろうけど。

「この前のケーキ、美味しかったよ。野木くんについてって、良かった」

だから、彼女のこんな一言に俺は胸を撫で下ろした。

「そりゃ良かったよ。あ、これから部室行こうと思ってたんだけど、許斐さんもでしょ?
一緒に行こうよ」

「・・・いいけど」

なんで、そんな怪訝そうな顔をするんだろう。

許斐さんの怪訝そうな顔は、不機嫌な顔と限りなく判別が難しく・・・

一言で言うと、怖い顔。

普通に誘っただけなのに。

「何か良いことでもあったの?野木くん」

「え?別に・・・何、俺、そんな感じに見える?」

少し狼狽した俺を見て、

許斐さんは一回髪を手で梳くと、

「まあ、いいわ。行きましょ」

そう言って歩き出した。

やっぱり、変だ、許斐さんは。

















部屋に帰ってきて、ドアを開ける。

最近はこの瞬間に一番の虚無感を覚えていたもの。

でも、そんなもの、今日は微塵も感じない。

サークルの人とも、妙に話が弾んだ。

許斐さんでさえ、話していて楽しかった。

なんて、言っちゃ失礼か。

俺、もしかしたら、立ち直れてきたのかな。

大樹とのことも、幸一とのことも、

辛かったことが錠が掛かった先の記憶のように、遠く霞む。

・・・きっと、立ち直ってきてるんだ。

そう思うと、一日も終わると言うのに、気持ちは舞い上がる一方だった。

お風呂に入ろうとして、喉が渇いていることに気付いた。

久し振りに、いっぱい喋ったから。

「水、冷やしてあったよな・・・」

冷蔵庫を開けてみて、俺はふと、気付いてしまった。


「・・・りんご、ケーキ・・・」


許斐さんと買った、ケーキ。

買ってから二週間経った今も、冷蔵庫にしまったままだった。

吸い寄せられるように、ケーキの箱を手に取り、それを外に出す。

渇きは、既に忘れていた。

「・・・・・・・・・」

そっと、箱を開けてみる。

解かっていたけど、中身は既に食べられるものじゃないことを、臭いが物語っていた。

俺は、この腐ったケーキから、目が離せなかった。

早く、棄てなきゃ。

そう思うのに、身体が動いてくれない。

「・・・ケーキ。大樹の好きだった、林檎の・・・
・・・俺が買った、ケーキ・・・」

落ち込むような哀しみは、唐突にやってきた。

ケーキ箱を掴むと、壁に思い切り叩きつける。

何が起きたか、自分でも解からなかった。

感情が、思考に優先するように。

べちゃっとだらしなく壁や床に拡がったケーキを、俺は踏み躙った。

何回も、何回も。

息が上がるほどにその行為を繰り返して、ようやく収まる。

涙が伝っていたことに、気付く。

駄目だ、どうかしてしまった。

もう、壊れてしまった。

さっきまでどうしてあんなに忘れられていたのか、解からない。

前以上に酷く、深い失望感、・・・怒りが、俺を襲ってきた。

どうして、どうして・・・!

俺に悲しみを与えてきた大樹も色情魔も、感情を制御出来ずにいる自分自身も、

今日何気なく話してきたあの人たちも、もう何もかもが怒りと悲しみの対象だった。

絶望する。

俺は、どうしようもなく一人なんだと。













――もう、楽に、なりたい・・・


厭なもの全部、目の前から消し去ってしまいたい。


その為の選択肢なんて、俺には選べるほど残されていない。


そうだろ、大樹・・・





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