――人は、誰でも過ちを犯す。
 ――そして、男とは愚かな生き物だ。
 ……両説とも、何かで読んだかどこかで聞いたか……
 どちらにせよ、ありふれた話だ。その時は聞いたって気にも掛けないようなそんな誰かの格言も、
実際にわが身に降りかかると、その途端真実味を帯びてくるわけで。
 俺はもちろんただの、いち「人」であり、その中でも殊更愚かであるらしい「男」なのだ。
 そんな俺が十余年も生きてきたんだ。……過ちは起きて然るべき必然……そうだろう?
 両手を広げ言い訳したい衝動を、俺は何とか抑え込んだ。
「ひぃちゃん……?」
 ふくよかと言えば聞こえはいいだろう。丸々と太った裸体を隠すこともなく不思議そうに俺を見上げる幼馴染……喜好(きよし)の股間に一瞥をやる。
 そこには俺の犯してしまった過ちの、紛れもない痕跡が残る。その痕跡は糸を引きながら、まだ発達しきっていない陰毛に絡まって……
「……俺……馬鹿すぎる……」
 盛大に溜息を吐いた。
 俺の半眼の視線に気付いて、喜好は股間をタオルケットで覆った。
 ……それ、俺のタオルケットなんだが。
 奴の精子が付着したタオルケットをどうするか、逡巡しかけて俺はかぶりを振った。
……そんな場合じゃ、ねーだろ。
「……ひぃちゃん……」
 喜好がもう一度俺の名前―ひぃちゃんとは俺の名前、浩道(ひろみち)をもじったアダ名で、
喜好は小さいときからこう呼ぶ―を、少しトーンを落として呟いた。
 俺はガリガリと頭を掻くと、自分も裸で、しかも自分の股間も喜好と同じ状況だったことに思い至る。
 出した後の冷静さと、それによって引き起こしてしまった事態の重大さの自覚……俺は逆に混乱していた。
 自分のイカ臭い液体で部屋を汚してしまわないよう、座ったままの姿勢で移動してティッシュ箱を取る。
 四枚ほど乱暴に毟り取って股間に押し当て、そして箱ごと喜好にティッシュを放った。
「……あ」
 遅れて、喜好も俺のタオルケットを汚したことに気付いたらしく、小さく”ごめん”と洩らしながら自分の股間と……それからタオルケットの汚れを拭い取り始めた。
「いいから。どうせ洗濯しねぇと使う気起きねぇし」
 ”ごめん”、とまた喜好。無意味に謝りすぎるな、と普段からあれだけ言っているのだが。
 辟易しながら、自分のボクサーブリーフを手探りで探し、穿く。股間にうっすらと残り汁の跡が浮き、俺は舌打ちした。
 ……あんなにたくさん出たのなんて、初めてだった。俺は、そんなに……
「……ひぃちゃん、その……さっきの」
「ナシ」
 喜好の”さっき”という言葉に反応し、俺はピシャリと言った。
「え?」
「なかったことにしよう。それがお互いの為だろ、どう考えても」
 俺の言葉に、喜好は目を丸くしたが……こくりと頷いた。
 いつだって、こいつはこうだ。俺の言うこと……周りの意見に歯向かったことなんてない。
 いつもならそこに僅かな苛立ちすら覚えるほどだが、今日ばかりはそんな喜好の処世術に感謝したい気分だった。
「早く服着ろよ。親が帰って来たら、さすがに言い訳できねぇ」
 のろのろと大きな尻をこちらに向けて着替え始める喜好。
 大きな、とは言っても体重はこいつより俺の方が重いのだが。……他人の目から見た俺のケツはこんなに巨大なのだろうか……
いや、俺の体重は筋肉だ。筋肉の方が脂肪より重いのだ。きっとこいつのほうが巨ケツであるに違いない。……うん、違いない。
 いつも通り、俺と同じような体型のこいつを下に見ることで崩壊寸前のプライドをどうにか繋ぎとめる。
 ……くっ、それにしても俺はどうしてこんな奴とあんなことを……
「ひぃちゃん、着たよ」
 そんなどうでもいいことをわざわざ実況報告する喜好。……苛つく。
「……んで、今日何しに来たんだっけ、お前」
 無理やりにでも、いつもの調子に戻そうとする俺。それを知ってか知らずか、喜好はいつも通りの間の抜けた笑顔で応えた。
「今日はうちの両親がいないから、いつも通りひぃちゃん家に預けられたんだよー。ひぃちゃん」
 そういえばそうだった。やはり俺はよほど混乱しているようだった。
「高校生にもなって、一人で留守番も出来ないなんて……マジでネジ飛んでるんじゃねぇのか、お前」
「僕も大丈夫って言ったんだよ。なのにお母さんがどうしてもって」
「大丈夫なわけ、ねーだろうが!どの口がそんなこと言う」
 えへへ、と笑う喜好。俺は肩を落とした。
 こいつは高校生になってから自宅で二件の小火(ぼや)を起こしている。いずれもこいつの両親が外出して、一人で留守番していた時の話だ。
 一つは夕飯に天ぷらを作ろうとして、天井まで届く盛大なキャンプファイアーを巻き起こしたらしい。
……白米もろくに炊けないくせにどうしてそんな高度な料理に果敢に挑んだのかは謎だ。
 もう一つは冬場にコタツを燃やした。ストーブとコタツの二刀流で暖まりたかったらしいが、コタツの布に電気ストーブで引火させるという離れ業をやってみせた。
……曰く、”コタツじゃ足しか暖まらないよね”だそうだ。
 そう、こいつは本当にネジが飛んでいるとしか思えない男なのだ。それも一本や二本の騒ぎではない。ドラえもんだってこいつを見たらさぞ安心することだろう。
 ここがセキュリティーのしっかりしたマンションで良かったというものだ。お陰で小火で済んだのだから。
 だが、同じマンションに住む俺はいい迷惑だ。お陰でこんな歳になってまで一人部屋の心地がしない。
 同じマンションで、同い年の子どもをもつ俺たちの両親は仲が良く、ことある毎にこうして喜好が預けられるのだ。
 お互いが一人っ子である為に”同い年の兄弟が出来たみたいね”と、母親は喜好が来る度喜んでいる。
 俺からすれば冗談ではない。その兄弟という単語だって、言外に”似てるわね(主に体型が)”と言われているようで鼻につく。
 ……昔は、そんなこともなかったような気がするが……いつからだろうか、隣に居るこいつが恥ずかしいと思うようになったのは。
「ひぃちゃん、ケータイ鳴ってるよ」
 勉強机の上に置いたケータイが震えている。……メールのようだ。
 そのメールを見て、俺はもう一度肩を落とした。
「どしたの、ひぃちゃん?」
「……母親が、遅くなるから夕飯作っておけ、だとよ」
 喜好と一緒扱いされるのが嫌で、高校生になった俺は生活力を身につけようと努力した。
 その結果、より喜好を押し付けられることになったわけだが。
 嘆息しながら、重い腰を上げて台所へ向かう。

  喜好への嫌味のつもりで天ぷらを揚げてやることにした。
 ナス、ピーマン、鶏肉、ちくわ……冷蔵庫に残っているものを片っ端から揚げていった。
良く考えないで作れるのが天ぷらのいい所であり、また、悪いところは……
「……あ・づ・い〜……」
 少なくとも夏場に揚げ物をやればここまで暑くなるだろうことは考えておくべきだった。
 冷房のリモコンを探そうとコンロから背を向けると、そこには喜好が居た。
「温度、下げておいたよ」
 にっこりと笑う喜好。……喜好の癖に、気が利きやがる。
「……もっと早く気付けよな、揚げ物の音、聞こえただろうが」
 むっつりと言ってやったつもりだったが、喜好は全く気に留めず、揚げ物が上がったバットを覗き込んだ。
「うわあ〜ひぃちゃんはすごいや!僕の天ぷらなんかさ、みーんな消し炭だったんだよ!真っ黒でさ!」
……まあ、わかっていたことだ。喜好に嫌味が通じないことぐらい。
「皿くらい用意しろよな」
「うん!」
 付き合いの長さとうちに来ている頻度から、喜好はうちの食器の配置は把握している。が、釘を刺すことを忘れてはならない。
「……割るなよ」
「だーいじょうぶだよ」
 とか言いつつ、イスに足を引っ掛けているのだから信用は欠片も置けない。
 後ろの食卓を気にしながら揚げ物をすることになってしまった。

  先に食べてろと言ったのだが、喜好は俺の揚げ物がすべて揚がり終わるまで料理に箸をつけなかった。
「……作る方としては暖かいものは暖かいうちに食ってほしいわけだが」
「ええ?そうなのー!?」
 驚いたような表情を作る喜好だが、すぐにごもごもと何か言った。
「んだよ」
「……でも、一緒に食べた方が……美味しいよ」
 たまに意見を言ったと思ったらこれだ。
「お前、そんなナヨナヨしてるから学校でもいじめられんだよ」
 言ってから、”しまった”と思った。喜好の表情が悲しげに翳る。
「……あはは、そーだよね……」
「…………」
 一瞬だけ空気が重たくなる。が、すぐに間の抜けた”ぐぅー”という音が鳴る。
 喜好が恥ずかしそうに両手で腹を抱えた。
「だから先に食えって言ったのに」
「……えっと、天ツユは……どこかな、ひぃちゃん」
「俺、塩しか許さない派だから」
「え、天ぷらって塩で食べるものなの?僕、天ツユの方が……」
「お前、こういう言葉知ってるか。郷に入っては……」
「もちろん従うよ、なんせひぃちゃんのおすすめだもんね〜」
 屈託なく笑う喜好。……本当にこいつは何においても従順で……そんなんだから。
 苛つきを隠すように白米を掻っ込む。
 塩天ぷらはお気に召したようで、喜好は尚もにこやかに天ぷらにかじり付いていた。

  母親、次いで父親が帰ってきたので、作っておいた料理を温めなおす。
 その間、喜好は風呂にぶち込んでおいた。
「いつも済まないわね、浩道」
「別に。嫌いじゃないし」
 素直に言うと、親父が大仰に頷いた。
「俺に似ないでよかったな。料理は……」
「女の仕事って言うんでしょ?前時代的なのよ、あなたは」
 夫婦漫才が始まりそうだったので、俺はさっさと部屋に戻ることにした。
「あ、喜好のことは聞いたわよね?いつも通りあんたの部屋に寝かせてあげるのよ」
「狭いだろうがな」
 親父が笑った。……自分が痩せてると思って。早々に世の親父の風潮に乗っかってメタボになっちまえばいいんだ。
「うっせ」

  部屋に戻ると、先ほどの行為の臭いの残滓が感じられた。
「……二人分は……流石にゴミ箱じゃきつい……」
 ゴミ箱から先ほどのティッシュ塊を指先でつまみ上げ、ビニール袋に入れる。
 そして再三に亘るファブリーズで完璧に滅菌消臭してやった。
「……これであれもなかったことに出来ればいいのに……」
 俺は酷く後悔していた。
 考えないようにしようとすればするほど、先刻の情景が色彩を伴って蘇ってくる……

  ――プロレスごっこと称していつも通り日々の憂さを喜好で晴らしていた。
 いつからそうしてたかわからない。段々自分が本気になっていくのを自覚しながらも、喜好を見ているとなにかこう……
上手く言えない、煮え滾るものが自分の中から湧き上がってくるのだ。
 ぎりぎりと締め上げ、喜好がロープするのも聞かず……そんな時、俺の目に入ったものがあった。
 暴れたせいでめくれあがった衣服。ずり下がった下着。喜好のトランクスのゴムが緩かったこともあって、わずかに見えてしまったのだ。
 ……喜好の、陰毛が。
 その時、俺は自分の喉が鳴るのを自覚した。……暑さで、少し頭もぼーっとしていたかも知れない。
 今まで意識したこともなかった。幼い頃からいつも一緒で、それが当たり前で。
 そんな喜好が、俺の知らないところでやることはしっかりやって、それなりに発達していたわけだ。
 ……こいつ、どんなこと考えてやるんだろう。どんな格好で……
(――また、だ……)
 グラグラと、胃が熱くなるような錯覚。
 なんで、こいつを見ていると俺は……!
「ひ、ひぃちゃん、まずいって、ホントに絞まってるから、落ちちゃうからぁ……」
「!」
 搾り出すような喜好の声ではっとなり、解放する。荒ぶった息を鎮めながら衣服の乱れを直す喜好。
 ……俺は、勃起していた。
「……なぁ。喜好」
「なぁに?ひぃちゃん……まだやるの?なら、もーちょっと待ってくれないかなぁ……」
 困ったように笑う喜好に、俺も笑いかけた。……自分でもわかるくらい、歪な笑顔で。
「お前、オナニーとかやったことあるわけ?」
「……えぇ!いきなりなに言ってるの〜!」
 喜好は狼狽した。そりゃそうだろう。長年こいつと一緒に居るが、こんな話は振ったことがない。
「どうなんだよ」
「……ひ、秘密だよー」
 耳まで赤くしながら顔を背ける喜好。いつもなら気色悪い奴だと鼻で笑い飛ばすところだが……
 そのときの俺は、熱に浮かされていた。
「まだだっていうのか?まさかな……もう高校生だぞ?」
「……あるよ、したことくらいー」
 もうほとんど顔を覆い隠すように丸まってしまった喜好。
「やってみろよ、今」
「な!なに言ってんだよ〜?ひぃちゃん、なんか変だよ?」
 喜好の言うことも尤もだった。だが、何故か俺に歯止めは利かなかった。
「出来ないって言うんなら」
 丸まったままの喜好を強引に横倒しする。
「わっ」
 そして、喜好の薄いカーゴパンツの布地越しに股間をまさぐる。
 喜好のものは既に固くなっていた。
「な、なにすんの……ひぃちゃん……」
 普段なら苛つくこいつのナヨナヨとした動作が、何故かそのときの俺にはいじましく見えた。
 気のせいでなければ、布越しに感じた喜好のものの大きさは俺より上で、好奇心という拍車まで掛かってしまった。
「……お前は……」
 熱に浮かされた俺は何かを言おうとして……そして適当な言葉が思い浮かばず、ただひたすら喜好の股間を擦っていた。
「……ひ、ひぃちゃん……」
 喜好も俺のズボンへと恐る恐る手を伸ばし、俺はそれを咎めなかった。
 俺が勃起していることに気付くと一旦手を引きかけるが、また恐る恐る触る。
 喜好のズボンを降ろすと、キャラ物の幼いトランクスが露になり、その先端に染みを作っている。
 ゴムが緩いことからわかるようにかなり履き潰されたトランクスで、そのせいか生地が薄くうっすらとシルエットが浮かび上がる。
 ……やっぱり、俺より大きい。
「普段どんなこと考えてここを擦ってるんだよ?え?」
 俺がそう言うと、手の中で大きく喜好のものが跳ねた。
「……ひぃちゃん、や、やめて……」
 喜好はそう言いながら、俺のベルトのバックルをいそいそと外した。
 また、唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。それは俺のものだったかも知れないし、喜好のものだったかも知れない。
 意を決して喜好のトランクスを脱がすと、勢い良く充血した喜好のものが目の前に現れた。
 全身の体毛が薄くあどけない喜好は、股間周りも例外ではなく、申し訳程度の陰毛に性器が覆われていた。
 俺の基準に照らし合わせるなら、中学生一年……くらいじゃなかったか、この位の生え加減。
 遅れて喜好も俺のボクサーブリーフをずり下ろし、食い入るように俺のものに見入っていた。
 もう一度、小さく喜好のものが跳ねた。
 色もまだ黒ずんでいるわけでもなく、きちんと勃起しているのに皮も剥けきっていない。
本当に発育途上といった感じだ。それでも自分のものより大きいという事実が……苛立ちとも興奮ともとれる感情を俺に突きつけた。
「……うっ」
 喜好が無言で、しかし鼻息を荒くしながら俺のものを擦り始めた。
 どこからが正常で、どこからが異常なのか……俺の判断力は、それを最後に瓦解した。
 後は、興奮を貪るように勢いに任せ、どちらからともなく着ているものを全て剥ぎ取り、そして……
「……あ、で、ちゃうよ……」
「……っ、布団に、かけんな……よっ」
 変な話、妙に理性的なことを口走りながら俺は喜好と同じタイミングで射精した。
 ……そして、男なら誰しもわかってくれるだろう……
 達した直後、俺は瞬時に青褪めてしまうのだった。

  「お風呂、空いたよ?」
「!!」
 急に背後から背中を叩かれ、俺は手にしたファブリーズを取り落とす。
「……ひぃちゃん?すごい汗……だいじょーぶ?」
 喜好が伸ばした手を、思わず全力で叩き落とす。
「大丈夫だっ。後、もうガキじゃないんだ。すぐ触ったりするなって言ってるだろ」
「いてて……もう、ひぃちゃんは乱暴だなぁ」
 叩かれたというのに、喜好は手を庇いながら微笑んだ。
「……ふ、風呂入ってくる」
 くそっ、これだから。これだからこいつと関わるのは……!
 内心歯噛みしながら、どすどすと風呂場に……
「ひぃちゃん、パンツとか持っていかないとー」
「お、俺のパンツに勝手に触るなっていつも言ってるだろ!」
……向かうのだった。

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